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「ナリワイをつくる」
この本良いです◎
unicoに、あたらしく本コーナーができていて、そこでみつけた☆


SH352718#1

「ナリワイをつくる〜人生を盗まれない働き方〜」
伊藤洋志 著


職の多様性、恐竜型ビジネスモデルから微生物的ビジネスモデルへ、生活自給力、自給自足的な「生業」・・に興味がある方にオススメ。

助け合いであり、生活そのものであり、自分が自分らしく向上していく喜びがあり、仕事である、が同時に成り立つのが、本来の「はたらく=傍を楽にする」ということだと思ってる。

時間と健康を大きなナニモノかに引き渡してしまい、それによってマネーと交換するのではなく、自分自身のものとして生かす生き方。

それこそ、都会でも田舎でも関係なくできる、自給的生き方。


大正9年の国勢調査で国民から申告された職業は約3万5000種、現在の厚生労働省の「日本標準職業分類」によれば、いまや2167種(本書のまえがきより)。

わずか90年で、職の多様性は、ざっと16分の1になっている。
わずか90年前には、人は、自分の頭を使って多様な生業を創造していた。だが、戦後の「株式会社日本」は、多様性を切り捨て、業種を絞り込むことで経済の急成長を遂げ、そしていま、また曲がり角に立っている。

「百姓」というのは、百の仕事をするから百姓なのだそうですね。
そのように、昔の人はたくさんの仕事を、季節ごとや必要に合わせて兼業していた。「専業」というのがマジョリティになったのは、ここ4、50年のことのようですね。

戦後の働き方をスタンダードとして育ってきたいまの日本人のおおかたは、多様な生業の創造性において赤ん坊のようかもしれない。まずはじめに自らのナリワイを創造する力さえ信じられない。私のようにサラリーマン家庭で育った者はとくに、まず自分自身の可能性を信じるところからはじめなくてはならないし、よちよち歩きから始めるしかない。たとえ少しつまづいたくらいで、失敗だと片付けるのは、小学生が大学入試に合格できずにふてくされているくらい、ある意味あまりに傲慢である。しかしつまづくことへの恐怖で新たなことを試せない、というのも、なんとなしに人々を取り巻く閉塞感の源である。その閉塞感を払拭するには、小さく地道に一歩一歩やる、という価値を思い出すことなんでしょう。レバレッジとか効率効率と言って、ギャンブル的で宣伝過多の、幻想を追い求める現状から一歩引いた視線。そのような虚構的な成功は、投資が大きければ大きいほど成功するでしょうから、ギャンブル的な性質の人に任せておけば良い。長期的、持続可能を目指すライフスタイルとは相容れない。ガンジーも、「わたしたちを生かしてくれる大自然は、望むものがすぐに手に入るような、便利な道は用意していない。」と言っている。陰陽の法則から言っても、早速に隆盛したものは、早速に衰退する。


私もいま、4つくらいナリワイの種を持っているけど、まだまだ上手くバランスできているとは言い難い。それでも、そのときそのときで、拡げたり縮めたり、新しくしたり、しながら、私自身として人のお役に立てることを、「私の生業」として、試行錯誤して生きていきたいと思っている。
いまここ、この瞬間瞬間をちゃんと生きていたいから。
「こうするしかないんだ」と誰かが決めたことに、従わされて生きるのではなく、新しい、ひらけた景色を見たいから。


10年前。タイのカンチャナブリに向かう電車で出会ったおばあちゃんは、郊外に住んでいて、自分で作った美味しいデザートをバンコクに毎週売りに行っていた。フルーツや、ところてんみたいなゼリーに、甘いココナッツミルクがかかっていた。お年だけど、少女のようにとてもいきいきした素敵な笑顔で、「おいしいでしょ」って私にもそれを食べさせてくれました。あったかい人で、ちょっとの時間を共有しただけなのに、電車を降りる時は、二人とも泣きました。

トルコのイスタンブルで友達になったトルコ人はいつも、「仕事」を、英語で「study」と表現していた。トルコ語では、「仕事」と「勉強」は、同じ単語なのです。この国の自由業の人達も、自分の仕事に工夫をこらすことや必要な外国語を学ぶことなどに対して、とても自由で意欲的で、楽しげでのびのびしていました。

私は、発展途上国といわれる国ばかりを旅して来ましたが、それは、そういった国々の人々が、先進国の日本からは考えられないくらい、とてもイキイキして自由で明るく、意欲に溢れ、そのくせ人生にくつろいでいることに、私はとても感銘を受けたし、日本もかつてそうだったのでは?と思い続けていたから。

私が訪れたアジアの国々の人達は、小さな子供から老人までナリワイの名人でした。
ありあまるほどのモノに囲まれ、脈略も思想も歴史も生命に根差した美意識も自分のもとにはない外国製の借り物の装飾でけたたましく飾り、それを手に入れるために何か大事なもの―家族との関わりや時間や健康や・・―をマネーと交換しながら生きて、それしか方法がないと思っているように見える日本の人達より、ずいぶん人として明るく優しくいきいきとして、本当に美しく見えました。

いまもその実感は、私の中で生きています。


「お金が余っていても、それだけだと、無くなる恐怖に打ち勝てる人は少ない。貯金が0円で、収入が10万円、支出が5万円、毎月5万円貯まるという田舎暮らし生活をしている人と、貯金は2千万円あるが、自力収入が0円で、毎月5万円減っていく人ではどっちが精神的に余裕があるかというと、やはり前者であろう。」(本書より)

人の幸せ、自信、安心感っていうのは、つまりそういうことなんだろう。
「自分でつくり出せる」という自信。


ヤナの森の生活」のヤナさんも、
「私はお金がないことを心配したことが1度もありません。楽観的だといわれるかもしれませんが、何かを作って生活をはじめればいいだけのことです」と書いています。


私たち人間は、ハートに従って、与えられた知恵を使って、工夫して、自分自身の創造の力を感じながら、力強く生きていくことができる。それはとても楽しいこと!!

たとえ何もなくなっても、幸せは自分の手でつくり出せる。
身ひとつで、しあわせ。身ひとつで生きていて、ウツクシイ。
それがほんとうの自信だと思う。

行くところまで行った日本は、これからそういう価値が大事になってくるんじゃないかな?
この「手」のちから。

先日会った男の子も、お料理上手で特技がいくつもあって、でも「器用貧乏だから〜〜」と言ってましたが、ロストジェネレーション(←って何だ?笑)以降の若者にそういう人は多くて、これからは、いえーい!器用貧乏万歳!の時代だと思う(笑)


私もこれから、私のライフスタイルを織っていきたい。
希望ばっかりです。
そしていま、その階段を一歩一歩やっている。
視界に入る場所に、先を行く人がいっぱい居る。


例にたがわず、本のことからだいぶ話がそれましたが、
そんな私に、この本はいろんなヒントをくれます。

価値観も多様性の時代。
生きているなかで、私と同じようなことを感じてきた人には、未来の新しいライフスタイルを創っていく上で、是非よんでいただきたい本。

ご興味ある方には、とてもオススメです☆





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コメント
この記事へのコメント
『非バトルタイプ』ってキーワードにひかれますわ~。
2013/08/10 (土) 19:12:34 | URL | マーフィー #bhx2DDvM[ 編集]
Re: タイトルなし
> マーフィーさん

はい、本書に一貫して流れる、非バトルにして前向き、ゆるりな空気感もイイです↑
2013/08/11 (日) 01:01:15 | URL | little-tree #-[ 編集]
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