little-treeの Tree of Life
えがく、いきること。かんじる。うみだすこわす。 旅する、遥か故郷ー今ー夢見るーいつかーここ。 道。 永遠にかわりゆくかわらないものー私。地球の上で
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裸足のススメ
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裸足で地面を歩くとき

自分が、

鳥たちと

虫たちと

犬たちと

まったくおんなじであることを思い出す


人が傲慢になったのは

靴を履いてからではないかしら。


ほかの生き物たちより

えらいみたいに思うようになったのは。




私たちと地球を隔てているのは

ゴム底だけではないかもしれないなあ。


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私が優しく地面に足を置くとき

地球はそれを優しく受け止めてくれる。


私が乱暴に足を降ろすとき

地球は固く厳しくとがって

跳ね返された私の足は痛む


そんなあたりまえの

いのちのしくみを思い出す



地球と心がすっかり離れてしまった果てには

いつかみたいにえらそうに

尖った大きな針を地面に突き立てて

きどって歩いたりしちゃいそうだもの(笑)




裸足で歩くと思い出す

生かされているものであることを。

きもちいい温度

やわらかい草が指をくすぐって。



だからまた裸足で歩きたい。

地球への尊敬と、

地の生き物たちへの謙虚さを

すっかり忘れてしまわないように。


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黄金の季節がやってきた
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



空の色が淡くなって

あの花がいつのまにか実になって

草がたくさん穂を出して

あの鳥が仲間を呼んで騒ぐようになって

小川の水が昨日よりずっと冷たくなって


黄金の季節がやってきた






柳はしなやかさを

さくらは変わっていくことを

松の木は変わらないことを

水は流れることを

流れを止めれば澱むことを

教えてくれる。



そんなことに

ささいなことに

いつまでも

きづける自分でありたいと思う







京都で/ーおとぎ話ー
先日の京都で受けとったことの備忘


あるお寺で・・

宗教においても
スピリチュアルにおいても、
真理を求めて来る人はごく一部です。
人々は観光のようにやってきて
ありがたいような話や
めずらしい話や
為になったような話をきいて
満足します。
それを提供する人も
そのように人々が求めるものを出す、
レストランのようになります。
それぞれに合ったものを求めて
それぞれに合ったところへ人は行きます。
そしてそれに合ったものを提供してるのです。
だからあなたも決めなくてはならないよ
真実を求めるのか
エンターテイメントを求めるのか
きめれば、
それに合うところへ行けるでしょう
きめないから
ちょっとちがうところへもきてしまう


先日から来ていた、
「師をもとめよ」という
メッセージとも関連するみたい。


わたしが何を選ぶかは
ひゃくまんねん前から分かっているけど。
表現活動でも
ずっとそっち方向をえらんできたもん。
でも今度は、「なんとなく」じゃなくて
より意識的な選択なんだと思う。



その後
東寺の薬師如来に、
慈悲って何か教えてくださいって言ったら、
何も言わずに慈愛のまなざしでヒーリングしてくれた(笑)
別のお堂の大日如来は、
ヒーリングとか癒しとかはわかりやすい慈悲だけど、
つねにあって育む太陽の慈悲はわかりにくい、
人はそれをみないけど、気づけるひとになりなさい。
そして、ひとがみてなくても、しらなくても、
そうしつづけることが最高の慈悲だよって。
太陽みたいな慈悲。

以上、京都報告。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ーおとぎ話ー



こんなにもたくさん

おとぎ話をつくりだして

人々はどこへ向かうんだろう


おとぎ話は

世界を学ぶためにある


こどもたちは

おとぎ話をいつかはなれて

自分と世界に出会いはじめる


おとぎ話を

風船のように

大きく大きくふくらませて

おとな達はどこへ向かう



秘密は、真実は、

自分のいのちの中にある



一瞬一瞬生きること

一瞬一瞬死ぬこと

それだけだというのに







さるぅ屋カフェCHAMON 展示一時休止と展示替えのお知らせ
ーお知らせー



神戸北野の異人館カフェ

さるぅ屋カフェCHAMONさんに

常設で展示しておりました絵画作品は、

11月10日(土)のイベント”リアート”に出展のため、

本日より一時的に展示を休止しております。



カフェスペースに展示中

数点の作品については、

ひきつづきご覧いただけます。

(カフェは通常通り営業されています)



11月中旬に、

作品を新しく入れ替えて

展示を再開いたします。


展示再開の折は、またこのブログで

お知らせさせていただきますので

新作をご覧に

足をお運びいただければ幸いです。




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CHAMON入り口



三木市でのイベント

”リアート”まであと少しとなりました。

いい季節ですので、

自然いっぱいのイベント会場へ

お越しいただけましたら幸いです。

イベントのご案内は→→→☆こちら☆












感動 (T-T)o
観てくださいこの動画・・・

感動 (T-T)o











きょうと
京都に行ってきました。

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東寺にも行きました。

なぜか密教系のお寺がすきです。

しっくりきます。

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五重塔


この金堂にいらっしゃる薬師如来が

昔から好き。↓

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ついでに

東寺のお香も好き。

今日は

先日からお香がほしいと言ってた

友人のぶんも買ってきました。




いちども雨に降られなかったけど、

帰りの電車の中で激しい雨と落雷。

尼崎で25分くらい電車が停まっていました。



また京都で

なんだかいろいろいろいろ、

感じるものあった一日でした。










感情のなかでやすらぐ
「感情のなかに安らぐ」

という感覚を

昨日初めて経験しました。


感情のなかにありながら

それを引き起こしたものごとや人を

批判も否定もせず

ただその感情のなかに安らぐ感覚。

とても平和な感覚でした。


原因をさぐる必要ももう無いと

ただ経験するものごとすべてを

いまここで体験すればよいと。


カルマゲームは

あるレベルからみれば

幻想です

いまここにやすらぐ

いまここ、しか無いです。


本の中にも無いです。

本の中には、あなたのすでに知っていることしかないですと。

あなたの中をみなさい

師を求めなさい


きょうは京都に向かっています

家を出た瞬間から、

雨があがってだんだん日が射してきました

良い前兆



まわりに耳をすまし

いま一緒にいる人と

ほんとうに一緒にいてください






摩耶山
神戸が誇る 素敵なお山
摩耶山に行ってきました。

数日前から山に呼ばれてるなーと思っていて、
声をかけた友人もちょうど休日だったので
一緒に行ってきました。


摩耶山の天上寺は
日本で唯一、仏母である摩耶夫人
(まやぶにん、と読みます)を
祀っているお寺です。


天上寺のかわいい龍さん
立ち姿ってめずらしいでしょ?
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ここが摩耶夫人堂
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お山自体が、摩耶夫人の懐なのですね。

ほんとにたくさん、胸がいっぱいになるような
メッセージをいただきました。

以下私が受けとったメッセージ
(私に対してのものです)

・摩耶夫人は聖母マリアと同じですよ、
 と言われました。
・山は、女性エネルギーである地のエネルギーが
 大きく隆起してるものだから、
 女性的なエネルギーなんだそうです。
 (これまで男性的なエネルギーだと思ってました。)
・山のようにすべてを受け入れたらいいです。
 それは女性的性質に根ざす”包みこみ”だから
 あなたからそれをしなさい。
・癒すとか癒されるとか、ご利益をえるとか
 与えるとかもらうとか、
 もうそういうのはいいのですよ。
 それは、「自分」と「他者」が別々にあって
 やり取りしてる状態だから。
 山のように全部あるがまま受け入れて包みこめば
 そこから生まれるべきものが自ずと産まれてきます。

というメッセージでした。

私は、イメージと感覚、観念とか概念的なものと
ちょっとした映像でメッセージを受けとるので、
本人はすごく腑に落ちて納得してるわりに、
言葉でニュアンスまで全部伝えるには
上手く翻訳しにくいんですが(><)


摩耶夫人からいただいたメッセージと
エネルギーに大感激してしまって、

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おまもり買っちゃった(笑)

うれしくてうれしくて感謝でうれしい〜〜〜!!


天上寺のあとは、穂高湖に向かいました。

摩耶山に湖があることを知らなかったのですが、
昨日摩耶山のアクセスを調べてて、見つけた穂高湖。
数日前に瞑想中に湖を観たので、行ってみました。

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瞑想で観た湖にすごく似ていてびっくりしました。
龍さんの背中に乗ってるみたいな
不思議体験をしました。


きょうは
摩耶夫人以外のスピリットからも
ちょっと手痛い学びとともに(笑)
メッセージをもらいました。

・見えていることを見えないふりはできないのですよ。
 見えていない、感じていない人は無邪気です。
 でも「見えていること」には
 ある種の責任が伴います。
 なぜなら見えている人が
 「見えていないふり」をしても、
 その人はその一瞬で、自分自身の葛藤や罪悪感を
 自分でつくり出すからです。
 それははカルマになります。
 だから、見えていることを見ないふりするのでなく
 見た上で、全部認めて、
 受け入れることです。

これは本当に今の私に必要なメッセージでした。
いろいろと、自分や他人の
見たくないものまで見えてきたときに
それを受け入れるのは、むつかしい。
つい批判的になったり、心で裁きたくなる。
がっかりすることもある。でも・・

仏教でいう、「慈悲」という概念を、いままで
理解しづらかったのですが、やっと腑に落ちました。
見えているからこそ、
その見えているものを「みんな同じだから」と
おもいやる慈悲心が必要なんだなー、と。
(「慈悲、compassion」って
 「かわいそうに思う」とか「同情」ではないです。
 「おもいやり」とかって訳されますが、
 「共感」にも近いかんじと思われます)

みんな同じ根源的な恐怖を持ってるんです、
聖人も普通の人も悪人といわれる人も自分も。
だから、目をつぶるんじゃなく
それを見ながらも、慈悲心を養うことで
自他のあるがままを受け入れなさいということだと
今日、理解しました。
そうしたらまた、
それでもなお、人の本質の美しさや
喜びや周囲にある良いものに、
沢山気づいて感謝できるようになるのだと思う。
それはつまり「みんなひとつだ」という
ワンネスの意識、
今日私が受けとったメッセージは
すべてそれにつながるものでした。
せかいはそこへ向かってるんだと実感しました。


Little-tree、
「慈悲心」、養いますね(笑)


今日はほんとに、
最近悶々としてた疑問も気持ちも
全部、摩耶のお山にクリアにしてもらいました。
自然のスピリットがいっぱいの摩耶山
近くに住んでてよかった。
必要なものは、すぐそばにある。
それに、たとえ私が崖から滑り落ちそうになっても
必要なら必ず助けがくるんだと思えました。
ほんとに必要なら
滑り落ちさせてもくれるでしょうから
ほんとに安心です(笑)


では、おみやげ(?、笑)
摩耶山のかわいい生き物たちの写真です↓

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バッタさん正面。このコには私はどんな風にみえてるのかなあ?

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※メッセージ受けとった云々と書いていますが
これは全然とくべつなことではないです。
だれもがなんとなく感じていることが、
意識的に自分に心と耳を澄ませることで
だんだんクリアになります。
みんな受けとっていることです、気づいてないだけで。
私も10年ほどまえ、ごく自然に、
キャンバスに勝手に「浮かんで」くるものを
そのまま絵に描いていました。
思えばそれと同じことです。

受けとる方法も、ひとりひとり違うようです。
映像で受けとる人、言葉で受けとる人、
最近能力が開いた友人は歌謡曲で
メッセージを受けとってます(笑)

同じようなことを楽しんでいる友人が
何人かいるのですが、
ほんとに普通のことだなーって感じです。
そして、みんなそれぞれでいいということと、
みんな同じだということを
また本日確信しました。












「マトリックス」
ハリウッド系映画が

ほんとに苦手なワタクシ。

美大時代は、勉強のために

無理していろんな映画みましたが、

刺激的すぎる映像音楽、暴力的シーンが超にがて。



なのに、少し前から

「マトリックス」観なくちゃな〜と

いうかんじで。

キアヌ・リーブスが、ぬおーんと弾をよけるアレです、

って知ってますよね(苦笑)

あんなに話題になったのに、今更ですが。

こわごわ観ました(笑)



なんかねーすごいねー、

よく解ったきがします、いま観ろっていうのが(笑)

なかなかポイントを押さえた映画だなあと。

で、いま観るからこそ

いろいろ深く読み取れました。



結局マトリックスワールドで経験しないと

目覚めんってことだし、

「自分を信じろ」とかよく言われるけど、

それだって、

「はい、ほんなら今日から信じましょか」

とかいう話でもないし(笑)、

「私たちは

どこに行かなければならないかを

行くことによって知る」

っていう、さっきある本で読んだ

セオドア・ローゼックの詩にも通じるなあ

なんて思ってみてました。



あとさいきんちょっと

「不思議の国のアリス」状態だった

私には、自分のアリス状態を受け入れるのにも

一役買ってくれたかなと思う。



さっき書いた

あの弾をよけたりするシーン

”時間空間っていうのは

じつは無いんよー”っていうのを

すっごいあからさまに映像で表現してて

その照れてしまうほどのあからさま加減(?)が

かなり好きでした(笑)アンビリバブル



さいごの方のオチの入れ方というか

無理矢理めな落としどころ

(キアヌが逆眠り姫みたいなとこね、笑)は、

なんかハリウッドですねーというかんじで(笑)、

ほかに突っ込みどころも、ままかなりありますが、

良く創られた映画だと思いました。

面白かったです!



この現実世界が、通常5感で捉えてる以上に

ひろがりのあるものだよってことを

探求してる人とか、

視点がばん、と変化しちゃった人、

つまりアリスの穴に落ちかけてる

または落ちちゃった人にはとくに、

頷いたり突っ込んだりしつつ観たら

面白いと思います。

観ていない方(っていらっしゃるんだろうか?)は、

ぜひどうぞ(笑)




今日の雲。UFOのかたち。

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ー以下ネタばれ↓

大事なのは、ネオが、
まわりの人達によって救世主に”ならされてる”ってこと
ですよね。
ネオが自分ではじめから「俺は救世主だ」と
思っちゃってたり表現してたり、
「僕は救世主になるんだいっ」みたいだと、
全然違う話になってたでしょ、
だってエゴだから。(笑)

”ネオが救世主にならされる”ように”書かれてた”。
で、予言者もネオを上手に導いたけど
そのへん理解して導いてますよね。
それはネオの”自由意志””選択”みたいなんだけど、
”周りの人にならされた”ってことになると、
実は、カギとなるメッセージを届けた「予言者」をふくめ、
その全体像がレコードされてる
創造主のマトリックス的なものがもうひとつ
大きな視点ではあるはずで、
そこが描かれてないのが
ちょっと、もぞもぞするって感じ(笑)
”自由意志”止まりになっちゃってる。
でもそこまで描くと、
映画としてヒットしないでしょうね(笑)

とにかく、自分と他人がある、んじゃなくて
全体像があるんだよー
だから「自由意志」は「自我」ではないのね。
あらかじめ在るものを選択してるん、自由に(笑)
だからやっぱゆだねる、つまり
「私が私が」っていうところから
一歩出なきゃ「私」にすらなれないんだよねー

というのを読み取ったLittle-treeでした。
わはは。

























行くことによって
「私たちは


どこに行かなければならないかを


行くことによって知る」


詩人セオドア・ローゼック




衣替え
ずいぶん風が冷たくなって、

そろそろ厚手のお洋服メインに

衣替えしなくちゃ、と思っております。



さいきんは、「季節先取り(←どんだけ)」とか、

暑い時期からブーツ履いたりするのが

流行ってたりするみたいですが、

(もちろん私も20代前半までは

若気の至りで

真冬にナマ足とかやっていましたし、

お洋服屋さんで働いたこともあるので

先取りを煽らないと売れないことも承知しております、笑)



でも30代になってからは、

きちんと季節や温度に合った服を着たいなあと、

そして着る服もなるべく素材が良くて

縫製とパターンが良くてベーシックだけどお洒落な

ながく着れるものに少しずつ変えはじめました。

はい、きほんアンチファストファッションです(笑)




私の祖母は明治生まれの人で

(もう亡くなりましたが)

人づてに聞いたところ

若い頃は船場生まれのお嬢様だったらしいのですが、

いつも、「華美」とはほど遠い、けれど趣味の良い、

季節にあった素材の和服を

さっくりと粋に着こなして

銀灰色の髪をいつもきれいに結い上げて

当時すでに80歳を超えていましたが

ほんとうに品のあるお洒落な人でした。



ーもうお彼岸過ぎたましたさかい、

この生地やら、この柄ゆきはあきまへんなあー

みたいなことをよく言ってたのを

思い出します。





四季のある日本に住む、

日本人だからこそ、

暑い時には涼しく涼しげに

寒い季節にはちゃんと暖かく、

さりげなく、季節の移り変わりとともにある、ような

装いをしたいな、と思います。



そうそう、先日観に行った「琉球紅型」の

涼しげな苧麻のお着物にも、

暑いときには、

涼しげな素材で涼しげな柄ゆきや色合いを楽しむ、

そういう、前面に押し出したり

見せびらかすのではない、

根底に流れてる豊かな和の美意識・・・を感じました。




毎年ちょうど

今くらいの季節の変わり目には

ついつい、温度を読み間違えて

「寒い〜!まちがったー!」とか言ったりしている

まだまだなLittle-treeですが(笑)




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生田神社の芙蓉。やさしいお花














-神なることば-
現在、古いアイデンティティ(?)崩壊中のlittle-tree
脱皮中、ともいうのかも知れない
今回ばかりは何だかスムーズに行かず、
かなり七転八倒ちゅう
寄る辺無し。
渦中にいるときはまさに危機。
でも、これでいいのだ。とあとから思えるんだろう。

ナイスなタイミングで、友人が「それでいいのだ」
というメッセージを送ってきてくれたよ。
やっぱり、ほんまもんの友人は
大事な時にふわっと、助けを持ってきてくれる。
たぶん、友人本人はさほど重大メッセージだと
思ってないかもしれないけど(笑)
でもそういうのに限らず、
私の友人は人として素敵な人ばっかり。
感謝。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



-神なることば-



世界中の

どんなに高尚な教典も

どんな有り難い"神"の言葉も



すべて人の手によって書かれ

人の口から語られた。



神の言葉は常に、人に宿る。




純粋に 聴き

ありのままに 見て

注意深く 感じるとき



あなたの真実こそ

神のことば



あなたの周囲の人々こそ

神の表現










※神、神・・とさいきん書いていますが、
私自身が「神」って思っているのはいつも、
私はいかなる宗教にも属していませんので、
特定の宗教の神様ではありません。
それらを全部包括した、すべてなるもの、
大いなる自然の法則、宇宙、サムシンググレート・・など
と表現される存在?つまりすべてを含んだ全体?のことです。
詩のなかでは、わたしの思ってるそういう「全体=神」と
宗教的な、とか、人格みたいなのを持ってるような「神」とが
両方出てきますが、なんとなくわかるかなーと思って、
両方「神」と書いてます(笑)
厳密に分けられないですしね、
「神々」もすべて包括してるのが私の思う「神」なので。
あーややこしい(笑)







-自由-
-自由-



心の大雨が何日も続いたある日に、



わたしは神を罵った




だから



これからはもう



自由なのだ



わたし以外に属する"神"からは。




しかし、



いくらわたしが神を捨てても



わたしに属する神から



はなれることは永遠にない















-問い-
-問い-


あるひとが

生まれてきてからずっと

問いかけ続けた問い


わたしはなにをしに

生まれてきたのだろうと

生き残ったのだろうと。



もしものはなし・・


それを生きる糧にしてきたとすれば


それを生きたことへの償いにしてきたとすれば


そのためにすべてのことをしてきたとすれば



それが


なにもなかった、と知ったとき


ひとはどのように感じるのだろう


わたし以外のひとは。




・・・あのかみさまのように

わらえるのかな。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

だいぶ前のなつかしいUAのLPを
ごそごそ探し出して聴いてる

たくさんの絵や音楽や文章や歌の
アーティストのお陰で生きてこれたとおもってる。
この人もそのうちのひとり

人間って、いまのじぶんにぴったりの音楽を
さがしだすもんだなーとおもう。わらう。

鈴木正人さんの音もすごい良いんだけど
動画無かったです。
「泥棒」ってミニアルバムにはいっています。
歌詞↓

彼方 UA Lyrics
今 彼女の瞳には彼の笑顔 またあの花が咲いてる
嵐を誘うように 何かを思い出す気がした
煙をくゆらせて 波描いてよ
ねぇ ダンスはいかが 得意なんでしょ
カーテンが日に焼けて嬉しそうね
言葉にできなくて外を見てた
言葉にならなくて飛行機を見てる
見て この壁は奇麗ね お城の模様
隣りのラジオが変わる ワルツのチャンネルに

全てを間違えた気がしたの 神様
怒らせてみてもいいんじゃない
神様 怒らせて逃げたりしたらどう
空からニワトリが降ればいいのに
このままこの部屋が舟になれば
今 彼女の瞳には彼の笑顔
でも彼女が見てるのは
春の彼方








たんじょうび
今日は

母と、愛犬ベティの誕生日でした。


愛犬には

恒例のてづくりケーキを焼きました。


お砂糖も

ベーキングパウダーも

使いません。


こんかいは

かぼちゃとさつまいもで

甘みを出しました。


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ふわふわさっくりのケーキができたよ♪


いっぱい喜んで食べてくれて、大成功♪


言葉はわかるし、しゃべるし、(笑)

ずっといっしょに生きてきて

もう到底、犬とは思えないベティちゃん、

17さい、おめでとう!

いつもいっしょに居てくれてありがとう♡

まだまだ元気でいこうね♪

あいしてるよ♡


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そして母よ、

◯◯さいのお誕生日(笑)

おめでとう!

いつもその天然で

笑わせてくれてありがとう


もうちょと、しんぱいかけないように

できたらいいなーと思います

(↑ あくまで希望、笑)






-境界線-
もっとも「わるい」人達と


もっとも尊敬していた人と


このわたしがもつ


それぞれの恐怖が


まったくもって同じものだと感じたとき


私は涙しました




もっとも「わるい」人達の


みえない恐怖と底知れぬ苦しみのために。


そして


その三者を、隔ててきた私のために。





自分は特別なのだ

と、

表現する人々よ。



ねえ、ここへ来て

手をとりあって

いっしょに大笑いしませんか?




わたしたちの

あまりにちっぽけなエゴについて。



そしてそのエゴのために、

あなたが、わたしが、

あんなにも

必死で引きたかった



境界線について。










台湾/2011
2011年、マイルが貯まったので

3日だけ休みをとって訪れた台湾。


Facebookに写真をUPしたので、

こっちにも上げておこうと(笑)

さいきん、旅の記事がとどこおっていますゆえに(泣)



お楽しみくださいm(_ _)m



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九份。
「千と千尋の神隠し」のモデルになったと言われています。のんび〜りした田舎町。


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九份の民宿、「日光涵館」。絶景ひとりじめ。2階建ての一軒屋みたいなつくりです。


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九份の夜景

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九份のノラちゃん♪大きいけどまだ子犬みたい、遊びたくってしょうがないらしく、私にずっとついてきて、地図を奪い取ってぼろぼろにしちゃった(笑)お店に入っても、出てくるのを待ち伏せ状態の、かわいいかわいい困ったちゃん。一緒にあそべて楽しかった^ー^


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茶芸館(お茶屋さん)。夜中の2時くらいまで開いてるので、美味しい凍頂烏龍茶とあまいお菓子で、ゆっくりのんびりまったり〜。

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茶芸館、内装。


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台北。国立故宮博物院。すごいコレクションでした。


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台北。龍山寺。

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台北。龍山寺。正面は「縁結び」の神様だそうで、人々が群がっていました(笑)どこの国も一緒だ ^ ^

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台北。龍山寺。突然、般若心経の読経がはじまりました。そこに居た人々全員で。迫力〜!日本の般若心経と全然違って、歌うような節回しでした。


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台北。龍山寺。お寺の前で出会った、日本語を少し話される台湾人のおじさま、張さんの撮影。私のGRと同じRICOHのカメラを持っていて、盛上がりました(笑)


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台北。龍山寺で会った張さんと、そのご友人に、台湾式足裏マッサージに連れて行ってもらいました。「痛い」っていうと、必ず「ここ坐骨神経(の反射区)」と言われてびっくり、ご名答ー!(笑)


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台北。日本語もよく見かけました、「お茶さん」。
関西人風かしら(笑)


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台北のホテルから、台北市内の夜景。
台湾の人達は、みんな優しくて穏やかでした^ー^



この旅も、

私の「旅の神様」が始動してくれてたみたいで(笑)

いろいろたのしい出会いと、

そして天気予報とうらはらに

雨は一滴もふりませんでした、感謝〜(^-^)/







「ぼくのキュートナ」
荒井良二さんの

「ぼくのキュートナ」

読んでいました


キュートナ


おもしろい♪

ほほえましい♪

そして子供のこころを思い出す


けど

じつは、ふかいです。


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やさしさ

いとおしさがいっぱい







紅型〜琉球王朝のいろとかたち〜展
なんか私、昨日からちょっとだけ地震が心配なんです・・。

東北地震をまさかと思いつつ予知しちゃった経緯があるので、

(そのときは近畿地方にくると思ってましたが)、きになります・・。

神戸で昨日の夕日がヘンだった、という情報がある

ことも先ほど知りました。

怖がる必要はないし、

そんな大きなものが来るようには思えないんだけど、

いちお、通常の備えを見直す意味でも、

気をつけていたほうがいいかもと思いました。

m(_ _)m


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

紅型〜琉球王朝のいろとかたち〜展に行ってきました。

行きたい行きたい、と思ってただけに、

すごいたくさんインスピレーション貰えました。

増えて困るので、

いつも買わないと決めている図録ですが

今回は買っちゃいました!

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紅型は、琉球の型染ですが、

日本の唐織などと意匠が似ているため

日本から渡ったと推測されているそうです。

しかし

意匠の組み合わせかたなどは

四季のない沖縄独特の感覚で

初夏の花と雪の紋様を組み合わせたり

とてもおおらかでのびのびしています。

中国の文様やバティック、更紗に似た文様も

取入れられています。



ビデオ映像で、

紅型の染織過程が見られたのが

とても良かったです。

そのおかげで、

「これはこのようにして染められたのだろうな〜

すごい手がこんでるな〜」

などと、想像しながら布を観ることができ

とてもたのしいのです。


紅型の防染剤には、もち米やぬか

定着剤には、大豆など

身近で自然な素材が

使われているんです。

道具も、

やんばる竹や、沖縄豆腐まで(!)

身近にあるものを使いこなし

ほんとに自然の恵みを生かしきっています。

染め材料は、

胡粉、朱、琉球藍、墨、弁柄・・など

日本画と同じ自然の顔料・染料です。


その技法、技術や道具は

たくさんの人達が何代にもわたり、

試行錯誤して研鑽してきたもので、

それは一代ではとても実現できない

知恵の結晶。

伝統というものは、

すごいものだな、とあらためて思いました。


そしてその技法、技術を

さまざまに使いこなし

手間ひまをかけて染めあげられている世界は、

ほんとうに多様で美しく、

豊かな拡がりをみせています。

さらに言えば、そういうものは、

人々に、きちんと観て、

想像力をもって愉しめる目と

心の豊かさがあってこその価値。



紅型として染めあげられたもの・・

その本質も、

世界のほかの伝統的な布地や意匠と同じように、

自然や生命への讃美そのものでした。








破壊と再生
インドに古くから信仰をあつめる、

カーリー女神という神様がいる

殺戮と破壊の女神だったとおもう

おそろしげな様相をしている

血まみれの舌を出している。

しかし恵みの女神

エゴを殺戮し破壊し、再生へ、

そして目覚めに導くといわれ、

厚く信仰をあつめている。





どのようなものでも

集団・組織・グループというものは、

政治組織や企業という大規模なものから、

2、3人の仲良しグループでさえ、

「集団」として機能しはじめ、しばらくすると

最初の思い、目的は純粋だったとしても

いつのまにか知らぬうち

利己的になったり

排他的になったりすることがある。


本来の「動き」が「固まり」はじめる。

女性性の、

「自分の世界をつくり、守り、維持したい」性質が

「動く」方向から「固まる」方向に出始める、

とも言えるかもしれない。

自分がつくりたい世界を守るために、エゴは、

暗に、「仲間よね」、と約束させたり、

だれかを仲間はずれにしたり

陰口を言ったり

あっちとこっちで違うことを言ったり、

なんでもするのである。


そして男性性の攻撃性は、

当初の「創造性」という方向でなく、

「ほかのもの」に対する「闘い、防衛」という方向性で

表現されはじめる。

「われわれは(われわれだけが)正しいのだ」

あるいは、正当性がなくとも、

「これがここのルールなのだから」と。

まさに、ちから技である。



本来の生命活動としての

「創造し、動かす」ためのエネルギーが、

ただ「維持し続け、固定するため」に

使われはじめる。



往々にして

渦中のひとびとは

自己欺瞞にうっすらと気づいていながら、

集団であるがゆえになおのこと、

自己正当化する。

保身のために、

そこに居続けるために、

または居続けさせるために、

攻撃されないために、

なにかを得続けるために、

優越感を感じ続けるために、

自分の価値を確認し続けるために、

またはそこにずっといるしか仕方がないという

思い込みによって、

あることについて、「黙る」。

見ていないふりさえする。

「ここではそれが(またはその人が)

ルールなのだから仕方ない」などと。

そしてそれが普通のようになってくる。



ある人が、もしその欺瞞を指摘したり

その結果、集団から去ったなら、

ときにその人は、残った人達から

「異端児」「裏切り者」とされるだろう。

その集団のエゴにとって大切な

「維持」を破壊したのだから。

自分の求める「維持」を継続させるために

他人をコントロールしたいエゴにとって、

それを破壊する者は、「悪者」である。




そして集団に残った人達は

自ら「特別」になっていく。

「味方」と「敵」が生まれる。

「私たち」と「それ以外」が生まれる。

そして、複雑化して、

その集団には「指摘してはならないこと」が生まれ

暗黙の了解となっていく・・




なぜそんなことが起こるのか?


それらの人達は

いまあるものを破壊されることへの

恐怖からのがれるために

自分の真実に従うことを断念し

自己正当化を選んだのだ。

そうすることで仮の「安泰」を手に入れたのだ。

優越感、排他的な仲間意識、

安定、安心、愛情に似たなにか・・。

人は、

ときには、傷つけあう関係性であったとしても、

そのつながりや依存状態や、

または、単に「現状」を、破壊されるのを

恐れるのだ。


そして、もし自分が「みなが黙っていること」を

指摘し明るみに出すことをすれば、

自分自身と、自分の「もっているもの」が

破壊されると思って、恐れ、保身に走り、

(少なくともその集団のなかにいるときは)

黙り続ける。

しかしそうすることと引き換えに、

自分自身の真実を失っていく。




本来

つくりあげたものは

壊れ続けるしか方法はない。

創造の本質を維持するためには

破壊されつづける必要がある。

生まれた人間も

毎瞬毎瞬、死に続けているのだ。

壊し続けられることでしか

再生され続けられない。

自分のつくりあげたお城は

つねに壊し続けられるのだ。

または自分の、

「こんなお城をつくりあげたい」という

「期待」さえ、破壊されることを

受け入れなくてはいけない。

破壊によってこそ、再生し、

新たな創造が生まれるのだから。



たとえば、あなたや私の腕は、

ずっと腕だけれど、

それをつくる細胞は

どんどん死んで、

生まれ変わっている。

むしろ腕が腕であるためには

細胞は死に、生まれ変わらねばならない。

そうしなければ、

それは腐っていやな匂いをはなつだろう。

腕は腕でなくなるのだ。

それは自然の法則だ。




壊すことを恐れる必要がどこにあるのか。

破壊の女神の、おそろしげな様相に

騙されてはならない。

破壊し続ける中にしか

創造も再生も

永続も豊穣もないのだ。



もし破壊なしに「ただ維持し続けよう」とするなら、

利己主義、排他、コントロール、欺瞞へと進み、

人間性が腐敗する。



自己が本当に正当であると

本心から思うならば、

排他的である必要はない。

破壊されたもの、去ったものを

否定する必要もない。

いまそこに居る人々に

無理に同意してもらう必要もないのだ。

本心から正当であるためには、

自己欺瞞を、そして

「保身のために維持し続けたい」と恐怖に叫ぶエゴを

破壊しつづけるしか方法はない。



人間の根源的な恐怖、

つまり「現状そして古いものを破壊する、

または破壊される」ことへの、

理由なき恐怖が、

「保身」をまねき、

それがどんな役に立たないものであっても

維持しようと固執させ、

家庭から政治、そして原発にいたるまで、

あらゆる集団において、多くの問題の原因である

欺瞞をつくっている。

それがまざまざと目の前に見せつけられていても

「それが世の中だ」

「それが大人の社会だ」

「そんなこと、いいじゃない(私には関係ない)」

と言うとすれば、

自分たちのそういう意識こそが、

たくさん寄り集まって

いまの社会の様々な現象をつくっていると

気がつくべきだ。




たとえば欺瞞に満ちた政治をしている人達の恐怖は、

あなたの、そして私の恐怖と同じものだ。

現状を破壊することへの根源的な恐怖。

破壊なくして再生はないとわかっていても

人は理由なく、壊し壊されることに対して恐怖する。

言い換えるなら「いまあるものを失う」ことへの

漠然とした、しかし根源的な恐怖。

だから、その人達の欺瞞は、

あなたの、私の、自己正当化と自己欺瞞と同じものだ。

同じ根源、つまり同じ恐怖に根ざしている。




カーリー女神は、殺戮、破壊の女神だ。

しかしそれを恐怖とみるか

想像、再生、繁栄の一側面だとみるのかは

その本人次第だということに

気づいているだろうか。

破壊、死というものは

創造、生がある限り

必ず、対になって在るものだ。



一方、恐怖は、

人間がつくり出した、

完全な幻想である。



政治家や原発を推し進めた人々を批判するときに

あなたは、自分の毎日のなかで

自分で気づかないほどにあたりまえになってしまっている

欺瞞や自己正当化を、

破壊する勇気があるだろうか。

そのまえに、直視する勇気があるだろうか。

「おかしいけれど、指摘してはならないこと」を

家庭のなかで、学校のなかで、会社のなかで

まっさきに指摘することができるか?

誰かが指摘したことを、受け入れられるか?

その指摘は小さなことのように見えるが

その破壊のひとかけらが

再生につながるのだ。

そしてその破壊のひとかけらが無ければ

腐敗に向かうのだ。

それはいつも、紙一重である。



そして、

あなたが、私が、自らの恐怖を直視し

そこにある欺瞞を破壊できたそのときにはじめて、

社会も、再生と新しさへ向かうことが

できるのではないか。










「ブリーダ」
ときどき、

自分のことが書いてある、

か?のように感じる、

本に出会います。


いまの自分にぴったりな本を

なぜだか掴んでしまう、みたいな感じ(笑)

ありますよね?



先ほどパウロ・コエーリョについて書きましたが、

著作をいろいろ見ていたら

まだ読んでいなかった、

「ブリーダ」

に強烈に惹き付けられて

今日、3時間かけて読破してしまった(笑)


ブリーダ



パウロ・コエーリョさんの

ほかの著作と同じく

たくさんの気づきをもらえる

宝石みたいな文章も

ちりばめられていました。


わたしはいろいろ、

すべての登場人物に共感して

こころがきゅうっとなりましたよ。


ピンと来た方にのみ、

こころから激烈におすすめします。

(なにそれ、笑)

















-魔物-
いまから十数年も前に

とても衝撃を受けて

大好きだった作家さん

パウロ・コエーリョ


”アルケミスト”とか“星の巡礼”とか。。

今また、もういちど読みたくなって

本棚から引っ張り出してきました。

paulo.jpg
神秘の扉を目の前に最後の試験に失敗したパウロ。彼が奇跡の剣を手にする唯一の手段は「星の道」という巡礼路を旅することだった。自らの体験をもとに描かれた、スピリチュアリティに満ちたデビュー作


たくさんのことが流れていったけど、

思えばあの頃から、

わたしの内側のぱっくりした場所は

なにも変わってないような気がしています。


”星の巡礼”はベストセラーにもなりましたが

お読みになっていない方は是非いちど。

示唆に満ち

物語としても引き込まれる

素晴らしい本です。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



-魔物-



憎しみや恨みも超えて

幻想が打ち砕かれた、そのさきに

見えてきたもの

あるいは

絶望

開かれた傷跡は

何百年を得て

そこにまだそのまま洞窟のように

ぱっくりと赤く口を開けている

魔物みたいに



引き裂かれたのは

希望という名の

まやかし、幻想



絶望の小舟の舳さきに

見えてきたものは

ただ生きること

感じつづけ

神経の先に雷のように走る

痛みを覆い隠す布もなく

ただそのまま



恐ろしげに風が鳴く

夜の山の頂きに

見えてきたほの赤い雲

それを誰が見たいというのだろう

無鉄砲で薄汚れた

はだかの旅人以外に







行きたい美術展がいっぱい!
今日はほんとに
夏みたいに暑い日だなー
と思っていたら・・・


熱があった Σ(  ̄ロ ̄lll)

・・苦笑。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


さて、

気候もよくなって
芸術の秋。

毎年この時期は
美術館や博物館も
大きな展覧会が目白押しですね。

わたしもうかうかしてると見逃しちゃいそう
押さえておかなければ〜という、
開催中/開催間近の京阪神の特別展、
個人的趣味と偏見をまじえつつ、
ピックアップしてみました o( ̄ー ̄;)



大エルミタージュ美術館展
世紀の顔 西欧絵画の400年

@京都市美術館

10月10日(水)~12月6日(木)

hermitage.jpg


ティツィアーノ、ルーベンス、レンブラントから
モネ、セザンヌ、ピカソ、マティスにいたる89点



特別展 マウリッツハイス美術館展
オランダ・フランドル絵画の至宝

@神戸市立博物館

9月29日(土)~平成25年1月6日(日)

03.jpg


オランダ、フランドル絵画の名品、
フェルメール、レンブラント、ルーベンス・・
って、混雑しそう・・・(笑)





特別展 紅型 BINGATA
琉球王朝のいろとかたち

@大阪市立美術館

9月11日(火)~10月21日(日)

bingatab3s.jpg


テキスタイル好きとしては
個人的に見逃せない、
沖縄の紅型染の美術展。
琉球舞踊の記念公演もあるので、
その日にあわせていきたいなあ♪





特別展 巨匠(マエストロ)フォルチュニィの夢
 2012 絹(シルク)見聞録

@神戸ファッション美術館

10月18日(木)~2013年1月8日(火)

silk01.jpg

そして、フライヤーに吸い寄せられた
こちらもテキスタイル、絹の展覧会



あ〜、わくわくしてきた(笑)

紅型展は、21日までなので急がなきゃ〜。



皆様も、芸術の秋、いかがですか?









カリンバとおでかけ
最近、カリンバを持って

おさんぽに行くのが

わたしの中で流行っています


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カリンバは”おやゆびピアノ”っていわれますが

その音色は

ときにオルゴールみたいで、

ときにガムランみたいで、

また音響系の音楽みたいで、

ときどき虫や雨の音みたい。

自然のなかによく似合う♪



きょうは海に連れて行きました。


SH351200.jpg
足が砂に溶けていくみたい〜!

SH351201.jpg



布ひいて、ごろん♪

波の音と風の音にあわせて

カリンバ弾いていると

いつしか ”時間のない時間”

に居ました。



きもちいい〜〜

とける〜〜〜!(笑)



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カリンバはすごい”いい音”だけど

音が小さいので

でたらめ音楽でも誰にもめいわくかけません(笑)



海のあとは、近くの

ひろ〜い公園の木の下に移動


SH351211.jpg


さいこー!


・・・だったんだけど、

蚊の襲撃に遭い、

あえなく退散・・

こんどアロマの虫除け持って、また来よう♪



きょうはほかにも

愛しいものいっぱい見つけましたよ。



SH351174.jpg
家の近くのふわふわさん
いつも触らずにはいられない(笑)

SH351215.jpg
ちょっと遠くのふわふわさん

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カモのつがいが2組、なかよし〜!
きゃおーなんてうらやましいのかわいいの♡ 笑


SH351202.jpg

いい日だった!

ありがとう♡


次はまた、布とカリンバ持って

どこいこう?!






まじめなはなし〜本質を観る〜
十数年前に

絵の師匠が私に教えてくれました。


たとえばりんごを描くときも

360度全方向から見なさいと。

そして触って

匂いを嗅いで

叩いて音を聞いてみて、

中を割ってみて、

そこでまた観て、

かじって味わってみて、

そうやって全方向的に「観」て、

はじめて2次元の絵が描けるのだと。


(じっさい、ちょっと絵心がある人間からすると

 実物でなく写真を見て描いた絵は

 すぐわかりますよね)



そして今わたしは思います。




自分の「外側」で起こっているように見えること

(社会情勢や原発や環境問題など)も、

自分の「内側」でおこっていることも、


普段表面的に見ているよりも広くて大きな視点から、

そして通常の五感を超えた感覚も使って、


全方向的に観て感じて味わってはじめて、


この3次元世界の本質や

3次元に生きる自分自身を把握し理解し、

描き出すことができるのだと思います。




・・なんか、今いいこと書きましたよねー、私??(笑)







「ぐるりいち」ありがとうございました!
本日の「ぐるりいち

おかげさまで無事終了いたしました。


お越しくださった方

ありがとうございました!


私は顔を出すのが後半になってしまいましたが、

思ってもいなかった人にも、

ばったり何人かお会いできて、

出店者の方々とも色々お話しできて

楽しい1日でした^ー^


カメラ持って行ったのに、

写真を撮るのをすっかり忘れた

ゆるゆるLittle-treeですorz




この場を借りて・・・

お買い上げいただいた方々、

ありがとうございました。

皆様からいただいた売上げは

タイ・カンボジアの子供達の笑顔のために、

孤児院の支援金として寄附させていただきますm(_ _)m




カフェのCHAMONさんにはいつもいつも

本当にお世話になってます、ありがとうm(_ _)m

ゆるゆるLIttle-treeですが(> <)、

今後もよろしくお願いします。


CHAMONとのご縁をつないでくれた

H.Mさんのお陰で、いろんなご縁が広がってるよ、

ほんとにありがとう!


タイ、カンボジアの孤児院を支援している

NPO法人A cup of water の活動に力をそそぐ

我が親友、

終了後、時間を忘れていっぱい話せて

楽しかったね〜!

ありがとう♪



こころが満タンになった

すてきな1日でした^ー^

ありがとうございました。




[降参のススメ]
きょうは、ぐるりいち

お時間ございましたら、ぜひ足をお運びくださいね♡


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


さて、こんな本読みました↓


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命、自我、目覚め、「いまここ」、宇宙の仕組み、引き寄せの法則・・・悟り系エンターテインメント『阿雲の呼吸』が本になりました。
何かと重々しく、また仰々しく語られていた「さとり」や「生死」などの世界観を、二人はとても身近に、ユーモアを持って語ります。秀逸なたとえ話と絶品の笑いのセンス。「あはは」と笑って、悟っちゃいましょう。




すごい装丁で、はじめちょっと引きましたが(笑)

まじめに面白かった!



いまここで、即しあわせになっちゃいなさいなー

ということも書かれてましたが

そこで、気付いた。





いまここで即、完全にしあわせになったら

生きてる意味がなくなってしまうやん!

と、恐れていたことを(笑)



表層意識は、

もちろん「シアワセになりたい」んだけど

深層心理で

「いろいろ問題解決することがないと

生きてる意味ないやん」と。

生きてる意味なくなるのが

そうとうコワかったようです。




で、「特別意識」っていうのが出てくる。

私はここに生きてる価値があるんだ、

と証明したいために、

「自分は特別だ」と思いたいんけど

それがすなわちエゴ(自我)だよん♪

ということですね。




つまりは、

「不幸」はじぶんでつくり出してたってことでした。

完全に。


しかも、

「不幸」を自分でつくり出してて、

それでいいってことです(笑)

(↑ココたいせつ)



なんじゃそら、ですよね(笑)


わらえます(笑)



とにかくこの本、おすすめですよー♪

















10月13日(土)は ぐるり市です♪
今週末、10月13日(土)に

NPO法人 a cup of waterさんを通じて

私の作品をプリントしたポストカードを

販売いたします。


SH350537.jpg


売上げは、タイ・カンボジアの孤児院に

寄附させていただきます。



このポストカード、

なかなかご好評いただいているのですが、

いまのところ、

NPO法人 a cup of waterさんのフリマのみでの

販売です。

DSC_0988_2_20121011144653.jpg



今回は、神戸北野にある、異人館カフェ

さるぅ屋CAFE CHAMON KOBE 主催の

フリーマーケット「ぐるりいち」にて♪


a cup of waterのブースでは、ほかに、

作家さん手作りのかわいいアクセサリーや

リース、Tシャツなど販売されます。

どれもこだわりのお洒落さです♪

どうぞ観にいらしてください!!


NPO法人a cup of waterの活動についても、

興味を持っていただけたら嬉しいです。

よろしければ、

スタッフにお気軽に声をかけてみてくださいね!





同じカフェで開催中の、

私の作品展も、約20作品全てご覧いただけます!

気候も良くなってきましたので、

北野散策も兼ねて、

是非あそびにいらしてください。


++++++++++++++++++++

ぐるりいち
10月13日(土) 11:30~16:00

場所;
異人館を改装した、素敵なおうちカフェ
さるぅ屋CAFE CHAMON KOBE 2階


兵庫県神戸市中央区北野町4-3-6
tel:fax 078-221-8050

chamon-tizu_20121011150512.jpg

道順はこちらもご参照ください→☆

++++++++++++++++++++









-遺言-
-遺言-


わたしがわたしでなくなってしまうまえに

ひとことのこしておきたいの


わたしがこの世界にとけてしまうまえに

わたしがここに居た証拠を


死ぬことなんてこわくなかった

どこへいくのもこわくなかった

孤独なんて友達みたいなものだった


ただひとつ、「ここにいること」

わたしには、それがさいこうにこわかった



それなのにいまになって

この世界にとけて

わたしがわたしでなくなってしまうのが

こんなにかなしくさみしいなんて



でもほんとうは知ってるの

「わたしがわたしでなくなってしまった」そのあとに

きっとわたしはきづくんだって

やっぱりわたしはわたしだったと

じょうだんみたい、とわらいながら



わたしはおかしなおんなのこ

でもみんなきっとそうよ

だからみんな、

「これいじょう」をみないふり


わたしにはできないとか

わたしにはむりとか

いごこちのいい、一千万個のりゆうをつけて


でも知ってた?

ほんとうはこわいのよ

いまみてるせかいと

ちがうけしきをみることが



(雨が降るのも

 冬になるのも

 日射しが強く照ることも

 ぜんぶ不満なひとだったんだから

 暗闇からあかるいほうへいくことも

 孤独からつながるほうへいくことも

 きっと文句をいうんだわ)



じんせいがパックツアーだとよかったのにね

あんまり趣味のよくない手旗をふってる

甲高い声のおねえさんつきでさ?




さあ、こうしてたくさん言い残したから

やっぱりわたしはたびに出る

こころおきなく

地図もなく


冗談めかしていうならば

この世界にとけて

わたしがわたしでなくなってしまっても

こころ残りはありません



さようなら、また会う日まで



わたしがまだみていない

あたらしいけしきをみるために

死ぬよりこわくて

わくわくする旅へ



わたしのあとからたびにでる

さみしくなった旅人さんがいたならば

あなたのためにこの遺言をのこしていこう

苦笑しながら読みおわったら

きっとやぶいてすててください

きっとあなたにはわかるでしょう

わたしがどうして

ばかばかしくて真剣な、この遺言を書いたのか






-さよならジョニー-
こんばんは

わたしのジョニー

こんばんは

かなしみジョニー


あなたを思って

わたしは泣こう


でもきっと

わたしを思って

あなたはいつも

笑ってくれますように



お月様にいのります


あなたがいつも

笑えるように


わたしにできることが

ありますように


そしていつしか

わたしにできることが

なくなりますように




こんばんは

かなしみジョニー

あなたはわたしの

幻想のおとこのこ

だからあしたの朝がきたら

さよならジョニー



わたしもわらう

あなたもわらう



わたしは太陽にいのります



あなたとわたし

そしてあなたのわたしと

わたしのあなたが

手をつないで

永遠に笑えますように



そしてその輪がひろがって

せかいじゅうのみんなが

手をつないで

永遠に笑えますように



やがていつしか

そんなことが

ちっとももんだいでなくなりますように







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